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私の英語活用力の変遷の60年 (その4)ニュース no. 3

 英語スクール MBAシカゴのニュース

ニュースno.30では
 私自身(MBAシカゴの代表、唯一人の講師)の13歳(中1)(1961年)から 72歳(2021年)まで60年間英語活用力の変遷について 9つのステージに分けて俯瞰してみました。

ニュースno.31では 
その60年間の中の 
(1)中学、高校時代と
(2)大学時代
についての

ニュースno.32では
(3)商社入社後、国内で主に米国むけ輸出業務をしていた約5年間
についての 

私自身の英語の活用力のアップないしダウンとその理由 そして その時々の他の人々の英語の活用力の推定されるレベルについて触れました。

  
今回は 上記(1)(2)(3)以降、商社入社の約5年後に New York 駐在を命じられ 米国で営業活動をしていた約6年間 の私自身の英語活用力の向上の程度と その理由、及びその時々のほかの人々の英語活用力について言及していきたいと思います。

そして 今までのニュース同様 英語の指導者のみならず その指導者の指導者たるべき重鎮の方々さえをも含む 日本人全員が 認識していない(A)(B)の2点を明らかにしていきたいと思います。

(A) ネイティブと継続的に意思疎通を行っていくには、事前に 言いたいことを頭の中で英作文して口に出して言う訓練(私が言ってきている反英訳訓練)がいかに大事か、ということ。 (そしてその反英訳訓練は 圧倒的に豊富な英文数を訓練でき さらには 文型、文法に基づいて体系的に 容易に ! ! 自分で英文を作れるようになる中高英語教科書で行うべきである ということ英会話学習では全く足らず 英作文力もつきません。)

(B)日本人のほとんどが そんな訓練をしていないから 英語がペラペラと思われている人も 実際に 現地でネイティブと対峙すると あいさつ程度の会話の後は 英語難民状態になっていること。

指導者も 指導者の指導者たるべき重鎮の方々も この(A)(B)の2点に全く気が付いていないので 今まで 日本人に対して その対策を全く打てていません。ですから 日本人はほぼ全員 英語難民状態なのです。 だから 英語の指導者、特に重鎮の方々の責任は重いのです。

だから何度も NHKのチコちゃんではありませんが、 英語の指導者全員に対して 「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と、 名誉棄損で訴えられてもやむを得ないような罵詈雑言を繰り返しているのです。

でも こんな罵詈雑言を吐いているのも 
売名行為でやっているわけでも 
どぎついことを言って 注目を集めて 塾に生徒さんをもっと呼び込みたいからでもありません。 
塾は 73歳 ーこの4月に歳がひとつ増えてしまいましたー のお爺さんが一人でやっていくには 十分すぎるほどの生徒さんが来てくれています。

日本人が 英語習得で中学以降何年も大苦労しても 使える英語は全く習得できておらず 米国、英国といった英語ネイティブの現地では 日本人の英語難民状態は ずっと以前から 周知の事実になっていて 飽きらめられている(はっきり言えば 馬鹿にされている)ことが 同じ日本人として 口惜しくてたまらないのです。

 そして 私が 今までのニュースで提案してきた方法で使える英語を習得していけば 容易に 中学在学中にでも
大半の日本人が ネイティブと対等な意思疎通ができるようになるのに、
即ち 馬鹿にされなくて済むようになるのに❕

英語の指導者全員が そのことに全く気が付かず  のほほんと 従来の教え方を何の疑いもなく続けています。
 
そして そのために 日本人のほぼ全員が 英語難民状態のままで長い間放置され これから先も放置され続けるのです。

そんなこと これから先も 放置していいはずがありません。

(日本人は 外圧=外からの衝撃がないと 今までしてきたことに何の疑いも持たない 幸せな=お馬鹿さんな 国民です。これは英語指導者も、重鎮の方々も その典型です。)

「何をバカなこと言ってんだ! 私は決して英語難民でない!」と自負できる人も 一度中学3年の英語教科書で反英訳訓練をしてみてください。

如何に自分の会話の中で 現在完了を適切に使えていなかったかとか、 不定詞や 動名詞や 後置修飾をうまく使えるようになると 如何に言いたいことを頭の中で英作文して口に出して言いやすくなるか、とかが 身に染みて感じるでしょう。

それがわかれば 如何に自分が 今まで 英語難民状態だったかを身に染みて感じるでしょう。

私としては 「私は英語難民じゃない❕」と思っている貴方にも 早くもっとずっと楽になって欲しいのです。



さて、 本題に戻りましょう。
=私の英語活用力の変遷の60年=

(1)中学1年から大学入試までーニュースno.30参照
(1961から1968の7年間ー13歳から20歳) (私の英語の活用力 0から20へのアップ)

(2) (大学時代)ーニュースno.31参照
(1968から1972の4年間ー20歳から24歳)(私の英語の活用力 20から15へダウン)

(3)(商社入社後 国内で主に米国むけ輸出業務をしていた約5年間)ーニュースno.32参照 (1972から1977の約5年間)(私の英語の活用力 15から30への大幅アップ)


今回は (4)New York駐在の約6年間についての話をさせてもらいます。
 
(4)その後 New Yorkに駐在し 米国内で販売を業務にしていた約6年間 
(1977から1983までの約6年間)(活用力 30から35への小幅アップ)

New York赴任当初 会話に出てくる名詞類(様々な人種の様々な人の名前、土地、場所の特定の名前、日用品を含めた全ての物の呼び名、製品のブランド名等)に慣れるまでは 苦労しました。

でも 表現方法自体(話される英文は)は概ね (3)の商社入社後 独学でしていた反英訳訓練で訓練していたものでカバーされており(だから 商社入社後の約5年間で活用力15から30へ大幅アップしていたということです。)、 
たとえ一度聞いて分からなくても 聞き返せばわかる自信がありましたし、
自分の言いたいことは ちゃんとわかってもらえるように話せるという自信も 
実践して直ぐにつきました。
 
ですから 赴任約1か月後には 大手鉄鋼会社の製品の技術説明の通訳として技術者の方を引率し顧客訪問(飛行機で目的地に行き、レンタカーで会社訪問)をしていました。

また 赴任当初から 新規顧客開拓も全く苦になりませんでした。
会って意思疎通がスムーズにいく人には、 顧客側も おおいに歓迎してくれるからです。

直に会って 直接に話をするのが大好きでしたから 私の New York駐在中の約6年間で行った出張数は ほかの人より 飛びぬけて多かった、と思います。

勿論 意思疎通がスムーズにいくことは 私自身への信頼にもつながり 大きな契約もたくさん取れました(もちろん 色々な人の力を借りてのことですが)。 

この6年間で はた目からみた私の英語力は 現地でよく使われている名詞(特に固有名詞)形容詞、副詞,慣用句等になれたことで 大きく向上したように見えると思います。 

しかしながら 自分で 今振り返ってみて 英語の活用力という点から考慮してみると、 いわゆる雪だるまの芯にあたる部分は駐在前に大きくできており 
New York駐在期間には その芯に雪が付いて 丸々と大きく膨らんだ程度という感じはしますが 
芯にあたる英語活用力自体が大きく伸びた という感じは それほどしないのです。

ですから 自分自身の評価では 30から35への小幅前進程度にしか思えないのです。  

これは 逆にいえば 
ネイティブと対峙する前の反英訳訓練がいかに大事か、
ということを意味しています。


それでは 自分のことはこれくらいにして ここからは 当時の周囲の人の英語活用力について見てみましょう。

New York赴任当初 新任の挨拶で 既存の顧客を訪問した際、 私の耳に届く距離で 顧客の社員同士で 「また 話の通じにくい期間が かなり続くぞっ! 」という声が聞こえました。
それは それまでの前任者たちが 赴任からしばらくの間は 英語で意思疎通が上手くできていなかったことと、を意味していたと思います。
当然 彼らは 私も前任者たちと同じことで 彼らの話すことが聞こえても 私にはわからないだろうと思って 私の聞こえる距離でそう言ったのでしょう。

また 赴任当初 私は 自分の家族がNew Yorkに来る前に あるアメリカ人の家族のところに下宿していました。
そこには 5年ほど駐在して 帰国まじかのため家族を返して残っていた経理部門の大先輩が下宿していました。
そのアメリカ人の家族は 4人の子持ちの奥さんと 新しい旦那の5人家族でしたが、下宿1ヶ月ごろに 前の旦那が自分の4人の子供たちに会いに来た際、 バーベキューパーティーがあり 私達も招待されました。
その際 その奥さんは やってきた元の旦那を隅の方に連れていき 「新しい人は 英語がよくわかるから 不注意なこと言わないでね!と諭していました。
ということは New York在住5年の大先輩は 彼らにとっては 駐在して5年たっても 安全パイだったということです。

商社では 米国や英国では 駐在員が英語に慣れるのに 顧客と直に対面して英語で日々苦労する営業部門の人で約2年かかる、と言われていました。

英語に慣れる とは 仕事以外の話で 顧客やその他のネイティブと 少なくとも しらけない程度に意思疎通が継続的にできていけるようになることです。
(通常の仕事での意思疎通は ある意味定型的な英語で済ますことができ、話の内容を当時はテレックス等で確認しあうこともできましたので 内容にも 当事者の実力にもよりますが それほど難しいことではありません。)。

勿論 当初からそういう意思疎通ができる人も 2年よりも早く仕事以外のことでも意思疎通ができるようになる人もいますが、 日々英語で苦労する営業部門の駐在員に限っても そういう人はたぶん10人に1人でしょう。
2年経っても 仕事以外のことでは 意思疎通がうまくできるようにはならない人も かなり多いのです。

日々お客と直接に渡り合うことの少ない管理部門の駐在員についていえば 駐在期間中(平均5,6年)に ネイティブと対峙して しらけない程度に意思疎通が継続的にできるようになる人は ほとんどいないでしょう。

これが 社会人の中で英語を一番得意としているであろうと思われている商社マンの実状です。 
しかも 駐在員に任命された 選ばれた商社マンの実状です
要するに 雪だるまの芯がないと 雪が付いてこないのです。

これから推測すれば ほかの業種の人や 一般の人がネイティブと対峙した際どうなるかは 容易に推測できるでしょう。 

 現状 留学しても 日本人グループだけの中で過ごすしかなく、帰国時になっても ネイティブと 継続的に意思疎通ができない人がほとんどですし  (これも雪だるまの芯がないせいですよ!)

語学留学で数か月現地に滞在して獲得した表現方法が 中学3年の英語教科書の1、2ページ程度というのは まだよい方でしょうし、 頭の中で英作文して口に出して言う能力がつくようなことはありません。 (芯がなければ、 いかに語学留学先が親切に指導してくれても 雪が付く量は限られてしまうのです)

でも これらの人は駐在したから 留学したから、ということで 英語がペラペラということになっており 本人も ちょっとネイティブと会話したことでもあると 
「自分は英語がペラペラ❕」と思いがちですが、 
ネイティブにとっては 継続的に意思疎通ができないと 英語難民状態ということに 変わりはないのです。 

全て その原因は 反英訳訓練をして かなりのことを頭の中で英作文して口に出して言えるようになっていないからです。

これは 一流大学卒業者でも 英検1級合格者でも TOEICで800点台を取っている人でも同じことです。

これでお判りでしょう。
(1)
英語難民状態から抜け出すには ネイティブと対峙して 意思疎通を継続できなくてはならないということを

(2)
だから ネイティブと対峙する前に かなりのことを頭の中で英作文して口に出して言えるようになる事が必要だということを

(3)
それは 中学3年程度の英語教科書の反英訳訓練で容易に可能になるということを
(英会話学習程度では、挨拶直後から困ってしまう状態になるということを)



次回は New York駐在から帰国(1983年)した後以降 2021年までをお話します。
、、

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